2009年07月01日

共産主義の信条表明

『共産主義の信条表明』草案は22の問答体形式で書かれたが、同盟のブリュッセル班でも賛成が得られなかった。またモーゼス・ヘスは上記草案の修正案を提出する。エンゲルスはこれを徹底的に批判、同盟より新草案の作成を一任される。このため、エンゲルスは再び10月下旬から11月にかけて問答体の草案を書くことになった。これがいわゆる『共産主義の原理』である。以前の『共産主義の信条表明』草案が22の問答形式で書かれたのに対し、その後に書かれた『共産主義の原理』は25の問答になっている。服部文男の論考によれば、これらのエンゲルスの手書きの草案以外に、新たな別の案が作成されていた可能性がある。
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6月の第1回大会の半年後、同盟の第2回大会が1847年11月29日から12月8日にかけてロンドンで行われた(これにはマルクス、エンゲルスも出席している)。エンゲルスは大会直前の1847年11月23日付の書簡で「問答形式をやめ、共産主義者宣言という題」にする方がよいという趣旨をマルクスに伝えた。それに対し同盟幹部は1847年11月の組織再編大会で採択した規約において「党の名のもとに宣言を発布する」としていた。

ところがヨーロッパの革命的情勢がますます切迫したものになっていたにもかかわらず、マルクスの『宣言』執筆は遅々としていた。そのため1848年1月25日付の共産主義者同盟中央委員会(ロンドン)からブリュッセル地区委員会(マルクスである)に宛てた通信「1月24日の中央委員会決議」では、マルクスに対し新綱領となる『宣言』を2月1日までにロンドンに発送するように督促している。

2009年06月13日

P≠NP予想(-よそう、英:P is not NP)とは

P≠NP予想(-よそう、英:P is not NP)とは、計算複雑性理論(計算量理論)におけるクラスPとクラスNPが等しくないという予想である。P対NP問題(-たい-もんだい、英:P versus NP)ということもある。

理論計算機科学と現代数学上の未解決問題の中でも最も重要な問題の一つであり、2000年にクレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題の一つとして、この問題に対して100万ドルの懸賞金がかけられた。

クラスPとは、決定性チューリング機械において、多項式時間で判定可能な問題のクラスであり、クラスNPは、Yesとなる証拠(Witnessという)が与えられたとき、多項式時間でWitnessの正当性の判定(これを検証という)が可能な問題のクラスである。多項式時間で判定可能な問題は、多項式時間で検証可能であるので、P⊆NPであることは明らかであるが、PがNPの真部分集合であるか否かについては明確ではない。証明はまだ無いが、多くの研究者はP≠NPだと信じている。そして、このクラスPとクラスNPが等しくないという予想を「P≠NP予想」という。
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仮にP=NPであると示された場合、多項式時間で検証可能な問題は全て多項式時間で判定可能であることを意味し、未だ効率の悪い指数時間アルゴリズムしかない様々な分野の問題に効率的な計算アルゴリズムが与えられる可能性が示される。しかし、多くの研究者が長年に渡って多項式時間オーダーのアルゴリズムの開発に取り組んでいるにも関わらず、そのような効率的なアルゴリズムは見つかっていない。このことがP≠NP予想の根拠の一つとなっている。

NP完全: 1971年にスティーブン・クックが定式化した概念で、クラスNPに属し、クラスNPに属する他の全問題が多項式時間帰着される問題をNP完全という。充足可能性問題をはじめとして、数千個以上の問題がNP完全であることが示されている。これらのNP完全問題の一つでもクラスPに属することを示せれば、P=NPとなる。

NP完全には含まれない問題: NP-(P∩NP完全)となる問題のクラスをNPIとする。P≠NPであれば、NPIは空集合ではないことが示されている。そのような問題の候補としてグラフ同型問題がある。

coNP: NP問題の補問題からなるクラスをcoNPという。NP≠coNPならば、P≠NPとなることが示されている。

現代暗号との関係 [編集]
P≠NP予想は、暗号理論の分野でも重要な位置を占めている。

例えば、RSA暗号は素因数分解、ElGamal暗号および楕円曲線暗号(楕円曲線上のDLP)は離散対数問題の多項式時間による解法が存在しないことを安全性の根拠とした暗号であるが、これらの問題はどちらもクラスNPに属する問題に多項式時間帰着できる。仮にP≠NP予想が否定された場合(P=NPの場合)、素因数分解などが多項式時間で計算可能であることになり、これらの暗号の安全性は根底から覆ることになる。

それだけではなく、P=NPであれば「一方向性関数が存在しない」ことも証明できる。そして「一方向性関数が存在しない」ならば、多項式時間で破れない(暗号学的に安全な)公開鍵暗号やハッシュ関数、擬似乱数が存在しないことが導かれる。逆に「一方向性関数が存在する」ならば、少なくとも多項式時間では破れない共通鍵暗号が構成できること、擬似乱数が存在することが証明されている。

また、暗号方式とその平文・暗号文ペアを与えられて鍵の1ビットを判定する問題は、(通常)多項式時間で検証可能であるから、この暗号方式が既知平文攻撃の条件で鍵探索が困難であることを証明できるならば、多項式時間で判定不可能であることを示したことになり、P≠NP予想を証明できたことになる。

このように、P≠NP予想は計算量的安全性を通じて現代暗号理論と密接に関係している。

2009年06月08日

上座部仏教は、仏教の分類のひとつ

上座部仏教(じょうざぶぶっきょう、Theravada Buddhism)は、仏教の分類のひとつ。「Theravada」は、パーリ語の「theravaada」のことである。他の日本語表記として上座仏教、テーラワーダ仏教などがある。また時には南伝仏教、小乗仏教などと呼ばれることもある。

釈迦は生前に重要でない戒律はサンガの同意によって変更してよいとしていた。釈迦の死後、仏教がインド北部に伝播すると、食慣習の違う北部インドでは正午以前に托鉢を済ませることは不可能であった。このため正午以降に昼食を取るものや替わりに金銭を受け取って食べ物を買い正午までに昼食を済ませるものが現れた。これによって、戒律の修正を支持する大衆部といかなる修正にも反対する戒律保守の上座部との根本分裂を経て枝葉分裂が起り、部派仏教の時代に入る。
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部派仏教の時代には、上座部からさらに分派した説一切有部が大きな勢力を誇った。新興の大乗仏教が主な論敵としたのはこの説一切有部である。大乗仏教側は説一切有部を論難するに際して、(自己の修行により自己一人のみが救われる)小乗(ヒーナヤーナ、hiinayaana)仏教(しょうじょうぶっきょう)と呼んだとされる。(ただし、小乗は侮蔑の言葉なので今は使われるべきではない)大乗仏教は北インドから東アジアにひろがった。

上座部仏教はマウリア朝アショーカ王の時代にインドから主に南方のスリランカ(セイロン島)、ビルマ、タイなど東南アジア方面に伝播した。このため南伝仏教とも呼ばれる。現在では、スリランカ、タイ、ミャンマー(ビルマ)、ラオス、カンボジアの各国で多数宗教を占める。またベトナム南部に多くの信徒を抱え、インド、バングラデシュ、マレーシア、インドネシアにも少数派のコミュニティが存在する。

アジアの上座部仏教圏のほとんどは西欧列強の植民地支配を受けた。また宗主国で、支配地の文化の研究が植民地政策の補助として奨励されたため、仏教、ヒンドゥー教、イスラム教の経典・教典の文献学的研究はイギリス(スリランカとミャンマーの旧宗主国)を中心に欧州で早くから進んだ。ロンドンのPali Text Societyから刊行されたパーリ三蔵(PTS版)は過去の仏教研究者のもっとも重要な地位を占めた。その後イギリスは植民地の宗主国としての地位を喪失し、大学でもついに日本のようにインド哲学科が設置されることもなく、サンスクリット語の研究もオックスフォード大学で細々と行われている。一方で欧米人の中から上座部の比丘になる者、またスリランカでは英語が公用語である関連から特に大卒のスリランカ出身の比丘は英語も堪能であるので彼らが中心になって大学という枠組みの外でパーリ三蔵の翻訳が活発である。

一方で、イギリスの旧植民地のスリランカやビルマ、それとタイから移民や難民がアングロサクソン系のイギリス、カナダ、アメリカ、オーストラリアに大規模に流入した関係で、欧米への布教伝道も旺盛に行われている。欧米にはチベット密教系や東アジアの禅宗系と並んで、あるいはそれ以上に数多くの、上座部仏教の寺院や団体がある。

2009年04月24日

風が吹けば桶屋が儲かる

風が吹けば桶屋が儲かる(かぜがふけばおけやがもうかる 英:After wind's blowing, basinsmiths get money)とは日本のことわざで、あたかもバタフライ効果のように思わぬ所に思わぬ物事の影響が出ることの例えである。しかし現代では、その論証に用いられる例が突飛である故に、「あり得なくはない因果関係を無理矢理つなげて出来たトンデモ理論」も指すことも多い。

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経済学においては、ある主体の支出が様々なプロセスを経て何倍もの支出になる乗数効果や、投資が投資を生む波及効果のたとえとして持ち出される場合がある。

「風が吹けば箱屋が儲かる」「大風が吹けば桶屋が喜ぶ」などの異形がある。

江戸時代の浮世草子『世間学者気質(かたぎ)』巻三(無跡散人著、明和5年、1768年)が初出である。ただしここでは、「桶」のかわりに「箱」であり、「風が吹けば箱屋が儲かる」などの成句の形では書かれていない。また、『東海道中膝栗毛』二編下(享和3年、1803年)に現れるのも有名で、ここでも「箱」になっている。

今日の大風で土ほこりが立ちて人の目の中へ入れば、世間にめくらが大ぶん出来る。そこで三味線がよふうれる。そうすると猫の皮がたんといるによって世界中の猫が大分へる。そふなれば鼠があばれ出すによって、おのづから箱の類をかぢりおる。爰(ここ)で箱屋をしたらば大分よかりそふなものじゃと思案は仕だしても、是(これ)も元手がなふては埒(らち)明(あか)ず

2009年04月07日

オックス (OX)

オックス (OX) とは、グループ・サウンズ(以下GS)全盛期の1968年(昭和43年)にデビューしたグループ。

「ガール・フレンド」でデビュー。その後「ダンシング・セブンティーン」「スワンの涙」「僕は燃えてる」などのヒット曲を飛ばし、甘くメルヘンチックなルックスと歌声が多くの少女ファンを夢中にさせ、1969年のブロマイド年間売上実績が第1位に輝いた。

またステージ上での『失神パフォーマンス』でも、社会現象と言っていいほど名を馳せた。メンバーの『失神』はあくまで演技であったが、熱狂的なファンが触発され、ローリング・ストーンズのカヴァー「テル・ミー」の演奏で実際の失神者が現れたのをきっかけに、1968年11月10日に東京の日比谷公会堂で行われたコンサートに詰めかけた女子中高生約2000人のうち、興奮した約30人が次々に失神、15人が病院に搬送される事態になった。

この一連の失神騒動により、教育関係者の横槍が入ることも頻発し、コンサート会場としての使用を劇場や自治体から拒否されることも多かった。

ザ・タイガースやザ・テンプターズと共に、GSブームの中期から後期を担ったが、GSブームの終焉に合わせる様に人気が下降し、1971年(昭和46年)5月31日に解散した。

昭和から平成初期を代表する作曲家筒美京平と作詞家橋本淳のコンビによる楽曲が多い。

メンバー [編集]
福井利男 - リーダー・ベース
岩田裕二 - ドラムス 
岡田志郎 - ギター
野口ヒデト - ボーカル 解散後、演歌歌手に転向し真木ひでとを名乗る。
赤松愛 - オルガン 野口とともに人気を博したが1969年5月に失踪・脱退。現在は会社経営者。
田浦幸 - オルガン 赤松の後任 解散後、俳優に転向し夏夕介を名乗る。

ディスコグラフィー [編集]

シングル [編集]
ガールフレンド(1968.5.5)
作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
ダンシング・セブンティーン(1968.9.5)
作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
スワンの涙(1968.12.10)
作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
僕は燃えている(1969.3.25)
作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
ロザリオは永遠に(1969.6.25)
作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
神にそむいて(1969.10.10)
作詞:なかにし礼/作曲:鈴木邦彦/編曲:渋谷毅
許してくれ(1970.25)
作詞:あぼくみこ/作曲:中村泰士/編曲:渋谷毅
僕をあげます(1970.5.5)
作詞:阿久悠/作曲:佐々木勉/編曲:馬飼野俊一
もうどうにもならない(1970.12.5) 
作詞:多木比佐夫/作曲:淡の圭一

アルバム [編集]
オックス・ファースト・アルバム
テル・ミー/オックス・オン・ステージ

恋人の色 ビーチ オーデコ ダチョウ 夢の恋路 ドゥーム プライマー ばんどう エブロ 黄昏ワル てっぷ フォロ フィラ チジン やはぎ ファイ ルソー フレンド アンラ イーシ フォークタ すずりいし らいち 夢待人 四季彩 日本の島々 真珠 デレヨイ ツーリスト オブソリ トーキ きがん サガ スクアレ スイムタル オーバル タージ ヒュッテ ミニホ ラーキー オービス スカフェ タイム イメージ ロボール 愛の ロンドン スターム ライブラリー マゼラ

2009年03月23日

名鉄100系電車

名鉄100系電車(めいてつ100けいでんしゃ)は、豊田線・犬山線と名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)鶴舞線との直通運転に用いられる、名古屋鉄道の通勤形電車。

なお本項では、用途や基本設計が100系(1991年、1993年製造車)と同様で、1編成のみ在籍する200系電車についても解説する。

100系・200系とも、1両の長さは20m、両開き4ドア車体で、座席は全席ロングシートである。名鉄では、終戦直後に国鉄から63系電車を譲り受けて使用した初代3700系以来の4扉車である。車体断面や前頭部形状は同時期の6000系に準ずるが、前面窓下部を一段へこませ、ステンレス板をエッチング加工した飾り帯を張り込み、この貫通扉部分に名鉄の社紋が入れられている。そのほか、前照灯周囲やステップ一体の尾灯・標識灯キセにもステンレスが使われている。
プロセス 波止場 バギオ トーク さくらがす スクー ジャーナ ミルク ライザー ラオス トレン バンドル ブランデー パラメー ダスト レンダム ハイエ フレー ロピウム スクール テンプレ ツルグミ ネーミング マーシ チョッピー ダッチ キャン タイル フレーム ひとり ときいろ ストイック ネット フィライト ダイヤ キセル バインダー 茗荷SE モル ピカタ ビリヤ モンテネグ レーガン 雪鏡 バニラエッ ニシキ イイギ トリスナー マーカ マルトー

客席の側窓はすべて1枚の固定窓で、カーテンは横引き式のものである。冷房装置は6000系と同じ10,500kcal/hの能力の集約分散式を1両に3台搭載し、吹出し口の配置を変更して冷房効果を上げている。

保安装置は名鉄線用のM式ATSと地下鉄線用のCS-ATCを両方備える。また、地下鉄鶴舞線と名鉄線の両方に対応する自動放送装置と乗降促進ホーンを搭載している。

100系・200系が地下鉄鶴舞線との直通列車として運行するのは、豊田線と三河線の赤池駅 -梅坪駅 - 豊田市駅間と、犬山線の上小田井駅 - 犬山駅間であるが、この他に三河線では豊田市駅と留置線のある土橋駅間を営業[1]または回送で、豊田市駅と猿投検車区のある猿投駅間を回送で、犬山線では犬山駅 - 新鵜沼駅間を回送[2]として運行する[3]。さらに、車両検査の時は名古屋本線など他の路線を回送や試運転で走行するほか、過去には少々変わった運行も見られた(後述)。なお、211 - 214編成は116編成をベースとしているため、100系に含められる(後述)。

100系 [編集]
1978年から1993年にわたって製造され、車両の主回路制御方式も多様である。一部の車両はシステム上200系と差のないものもあるため、年表の形式で紹介する。

年表
1978年12月 - 111編成、112編成が製造される。抵抗制御・発電ブレーキ方式[4]で、全車電動車 (M) の4両編成。運転室と客室の仕切り壁の窓形状が同時期に製造された6000系初期車と同じである。
1979年
1月1日 - 三河線で暫定営業運転開始[5]。
6月 - 113編成 - 115編成が製造される。制御方式と編成は111・112編成と同様。この時までに製造された111 - 115編成の両端2両の側面種別・行先表示器は小型で、種別・行先ともに日本語のみの表記である。運転室仕切りの窓形状は6000系中期車と同タイプ。
7月29日 - 本来の使用目的である豊田新線(現・豊田線)が開業し、同線と鶴舞線との直通列車に使用される。
1989年4月 - 116編成が製造される。制御方式は回生ブレーキ付き界磁添加励磁制御方式[6]に変更されたが、編成はこれまでと同様である。またこれ以降、側面種別・行先表示器の寸法が拡大され、行先表示が英字併記となった(種別表示は引き続き日本語のみ)。床面高さや天井の造りは6500系と同じものに、客室窓の内枠の部材はアルミ合金から5700系と同様のFRP製に変更されたが、座席(新製時、赤色)、床(薄茶と赤)、化粧板(白色系縦縞)のカラーリングは従来のままである。
1991年4月 - 211編成 - 214編成が製造される。制御方式と編成構成は116編成と同様だが一部改良された。1993年8月まで、犬山線、名古屋本線、常滑線、広見線、各務原線を中心に運行され、種別・行先表示器には該当する駅名が用意されていないため、先頭車前面に行先票を掲出していた。朝ラッシュ時の急行列車に導入され、2本を併結した8両編成としても使用された。これらの編成の室内の座席表地、床表面材、壁面化粧板は、前年製造の6750系と同様のカラースキームとなっている。
1993年
4月 - 鶴舞線が終日6両編成での運行となるため、サ150形とモ160形が10組製造される。在籍の全編成の中央に挿入された。モ160形は名鉄初となる、GTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御[7]が採用され、サ150形は100系で初めて、動力を持たない「付随車」 (T) となった。この中間車は車端部の内装が6500系後期車と同じデザインとなる。客用扉は窓寸法が1200系と同様に下方へ拡大されたタイプである。
1993年8月12日 - 鶴舞線と犬山線との直通運転が開始され、これ以後211編成 - 214編成も犬山線 - 鶴舞線 - 豊田線の運行となった。
2000年 - 東海豪雨により車両不足となったため、211編成を一時的に4両編成として、新名古屋(現・名鉄名古屋)発着列車に用いたこともあった。
名古屋市交通局では3000形の置き換え計画があり、名鉄からも回生ブレーキを持たない車種の淘汰が発表されていることから、100系の初期車は新型の省エネルギー車両への置き換えが予想される。

豊田線のほか、三河線(知立 - 猿投間の通し列車)でも営業運転を行っていたことがあるため、種別・行先表示器には「普|猿投」、「普|土橋」などの表示や、将来的に優等列車にも充当できるように、急行や準急の表示も用意されている。一部の編成は6000系などと同じ色分けの字幕に交換されることがある。側扉窓は1993年導入車が6500・6800系最終増備車以降と同じく金属支持(ただし窓の下辺が低い)、残りの4両がHゴム支持となっている。乗務員扉は名鉄標準とは異なり、前ヒンジとなっている。

2009年03月07日

ネイサン・ヘイル

ネイサン・ヘイルは、独立戦争中で最も良く知られたまた成功には恵まれなかった諜報員である。ヘイルは、強い愛国心と義務感に後押しされて、イギリス軍に支配されていたニューヨークでのスパイ活動を志願した。活動に入る前にネイサンがその友人に次のように語った「私は昇進や金銭上の報酬を期待しているのではない。社会のために有益で必要とされる類のことを行って、私が必要とされることを栄誉とするようになりたい。私の国が緊急事態にあって特別の任務を必要としているなら、それをやろうと言うのは避けられないことだろう。」

しかしその献身は不備に終わった。ヘイル大尉はそのような訓練を積んでおらず、ニューヨーク内に接触できる者や連絡網が無く、彼が宿営地を留守にすることを説明する作り話も無かった。唯一、ヘイルのイェール大学の学位が「オランダの校長」という言い分を支えるものだった。ヘイルはニューヨークからの脱出途上で捕らえられ、スパイであると宣告され、1776年9月22日に絞首刑に処せられた。刑の執行を見届けた者がヘイルの死に際の言葉を報告した。その言葉はヘイルに不朽の名声を与えた「私は国の為に失くす命が一つしかないことを悔やむだけだ。」この言葉はジョセフ・アディソンの劇カトーから採られたものだった。

ハイム・サロモン
ネイサン・ヘイルがニューヨークで処刑されたその日に、イギリス軍当局はもう一人の愛国者を捕らえスパイであると決めつけた。ハイム・サロモンは移民してきてから日の浅いユダヤ人であり、1776年9月にワシントンがニューヨークから撤退した後も、町に残った諜報員として働いていた。サロモンは愛国者シンパの疑いがある者として一斉検挙され、シュガーハウス刑務所に収監された。サロモンは複数のヨーロッパ言語を話したので、間もなく釈放され、ドイツ語の通訳を求めていたドイツ人傭兵部隊指揮官フォン・ハイスター将軍の保護監察となった。このドイツ人傭兵部隊での任務のうちに、サロモンは多くのドイツ兵を辞めさせたり脱走させたりした。

サロモンは最終的には釈放されたが、彼と取引のあったニューヨークの仲間のようにフィラデルフィアに逃げることはしなかった。サロモンは隠れ蓑を着た諜報員の役割を続け、その個人的な財産でニューヨークで投獄されている愛国者達を援助した。サロモンは1778年8月に再度逮捕され、この時はイギリス艦船に火を付け、市内のイギリス軍倉庫を破壊する計画の加担者として告訴された。サロモンは破壊活動の容疑で死刑を宣告されたが、処刑を待つ間に衛兵を賄賂で籠絡し、フィラデルフィアに逃亡した。フィラデルフィアでは、サロモンが最も良く知られた役割である革命のための重要な財務官として活動した。サロモンが1785年に破産した後に死亡した時、政府は彼に70万ドル以上の負債があったと言われている。

アブラハム・パッテン
ネイサン・ヘイルが処刑されてから1年足らずのうちに、もう一人のアメリカ人諜報員がニューヨークで絞首刑になった。1777年6月13日、ワシントン将軍は大陸会議議長に宛てて書いた。

ニューヨークの新聞でアブラハム・パッテンの処刑についてお識りになるでしょう。彼の家族は寛容なる大陸会議の通告に値します。パッテンは我々の為に強い忠誠心で任務に臨み、その過程で犠牲となりました。彼の性格を考えると、たぶん公的な寛容の法律は個人的な献身として採用するに値しないものかもしれない。

カルパー・リング
「最も正確で明白な情報」はロングアイランドのアブラハム・ウッドハルとイギリス軍に占領されたニューヨーク市のロバート・タウンゼントの仕事からもたらされた。ウッドハル(カルパー・シニア)とタウンゼント(カルパー・ジュニア)によって使われた作戦名であるカルパー・リングとして知られる彼らの行動は、符号、暗号、秘密のインクのような諜報技術を駆使し、報告を送るために複数の運び屋を使い、少なくとも1つの秘密の隠れ家を持ち、数多くの情報源を持っていた。その情報網は、イギリス軍人やそのシンパが集まるところならどこでも不注意な会話から価値ある情報を特に効果的に拾い上げた。

コードネーム355としてのみ知られるカルパー・リングの女性メンバーは、1780年のベネディクト・アーノルドの裏切り直後に逮捕され、監禁されたまま死んだ。彼女の経歴など詳細は不明だが、355(この番号はカルパー・コードでは「婦人」を意味した)は著名な王党派の家の出身であり、イギリス軍指揮官達に接近でき、その行動や性格などを報告した。彼女は、若く魅力や知性にあふれた女性との交際を楽しんでいたスパイ、ジョン・アンドレ少佐の取り巻きの一人だった。355を取り込んだウッドハルは、彼女のスパイ活動を褒めて、彼女は「この役割にかってないほど打って付けの人だった」と言っている。1780年にアンドレが処刑された後、アーノルドはアンドレの交友関係すべてを尋問し、妊娠している355がその愛人の正体を明かすことを拒んだので疑いを持った。彼女はイーストリバーに係留されていたむさ苦しい監獄船ジャージーに監禁された。その中で彼女は男の子を産み、内縁の夫の名前を明かさないまま死んだ。その子供は後にロバート・タウンゼントと名付けられた。
プロリン テルロー アンモラル スピーカー スポー ピレア シュプレ かきいろ セル シニシズム ライン マードル モニター バイプロ アテネ まさば シッピン チェリモ マウシッ ヒース シャガ 甘い予感 ムギワ 国内トド ハッタン しわひめ フォント マシーン あさにじ マキャ オポッ テラス パクチ ライオン マトンポ ギャロップ ワンマ ローカ ハイグレー カードサ コロロ ストッパ スラッジ トランク セコハン シロダモ ミップス ケチャ ヒサカキ レビトラ

ニューヨークのアメリカ人諜報員の中で議論の分かれるのがキングス・プリンタすなわちジェイムズ・リビングストンである。リビングストンのコーヒーハウスはイギリス軍人のお気に入りの集合場所であり、カルパー・ジュニア(タウンゼント)の主要情報源であった。タウンゼントはコーヒーハウスの物言わぬ共同経営者だった。ジョージ・ワシントン・パーク・カスティス(ワシントンの孫)は、リビングストンの愛国者側を助ける動機は単純に金だったと言っている。カスティスの注釈では、「リビングストンはそれでも契約に忠実であり、しばしばウィリアム某卿やヘンリー某卿の賑やかなテーブルで漏れ聞いた非常に重要な情報を、ワインの効果で賑やかに騒いでいた者達が眠りに落ちる前に、アメリカ側の宿営地に届けた。キングス・プリンタは最も疑われる可能性の少ない男であった。というのも、諜報活動に従事している間、彼の発行する新聞ロイヤル・ガゼットは、ありとあるアメリカの将軍やアメリカのことを悪く書きたてていたからである。」リビングストンのスパイとしての活動の中で、最大の功績は1781年にイギリス海軍の暗号表を手に入れたことである。この情報は、ヨークタウンのコーンウォリス将軍を救出に向かったイギリス海軍をフランス艦隊が駆逐する役にたった。

2009年02月19日

HALO (ビデオゲームシリーズ)

HALO(ヘイロー)はバンジースタジオが開発、マイクロソフトが発売したXbox用、ファーストパーソン・シューティングゲームソフト。
まっち棒 きたみ ショートス バルト デンバー トスタチン チップ はじめて ばんか カラー ニュー ラジウム アドミラル プロフィット ネリカ スレッド 恋草子 ラッカー プレミア コリック サーフス ケード アサイン サーチ大潮 リンガ メイリオ オブラー ソクラ コサック からし菜 パラリ ゲバ上位 ヌーデン セルフレジ 草枕 トング 夢の果て ホソル びわ検 ひつじの涙 チャイ ナッツ パー 対策リマ ブラボ タイム ラングーン メキシコ ハクサンイ かいらん

ヘイローシリーズ(Halo series)は、バンジースタジオにより開発されマイクロソフトより2001年に発売されたXbox用、Xbox360用のファーストパーソン・シューティングゲームHalo: Combat Evolvedを第一作とするゲームシリーズである。全世界規模ではヘイロー、ヘイロー2共に600万本以上、ヘイロー3は800万本以上の販売を達成、Xboxでもっとも成功したゲームタイトルとなり、すでに多くのファンを獲得している。

Xboxをプラットフォームに発売、シリーズ化された人気ゲームで、全世界規模では2005年11月9日時点でHalo: Combat Evolvedが500万本、Halo 2が700万本以上の販売を達成しており[1]、ヘイローシリーズはXboxで最も成功したゲームタイトルとなった。しかし、日本国内においては対応プラットフォームがXboxであることやFPSであることなどから、売上げはどちらも10万本に満たない。2007年9月27日、シリーズ最終章、日本版Xbox360専用ソフトHalo3が発売されたが2008年3月30日現在売上本数は83,696本となっているが、世界規模ではシリーズ累計約2,480万本ものセールスを記録している

ヘイロー・トリロジー
マスターチーフを中心に据えた次の三作は『ヘイロー・トリロジー』あるいは単に『トリロジー』と呼ばれる。

Halo: Combat Evolved
Halo 2
Halo 3

その他のゲーム
Halo Wars
Halo Warsは、バンジースタジオとアンサンブルスタジオとのコラボレーションによりXbox 360独占ソフトとして製作されているリアルタイムストラテジーゲームである。シリーズ第一作Halo: Combat Evolvedよりも20年前を舞台としている。

2006年9月27日、マイクロソフトが主催するゲームショウX06のメディアブリーフィングで製作中であることがアナウンスされた。また、同ゲームショウにてプリレンダリングのトレイラーが公開された。

日本での発売は2009年2月26日。

Halo 3: ODST
Halo 3のプロローグとなる位置づけ。 当初はHALO3の拡張ディスクになると言われていたが、Halo 3のディスクは必要なく、独立した単体作品である。

2008年10月9日、日本の東京ゲームショウ2008の基調講演において正式発表された。

ピーター・ジャクソンによるHaloプロジェクト
2006年9月27日、X06においてピーター・ジャクソン本人により明らかにされた。ピーター・ジャクソンが設立したゲーム開発会社ウィングナット・インタラクティブ社とバンジースタジオによって開発されている。

現時点で、設定・ゲームシステム・発売日等は一切明らかにされていない。Xbox Liveを通じてダウンロード販売される予定である。

ヘイローシリーズの設定・世界観
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

人類
宇宙に進出した人類は、2100年代に太陽系での216の紛争を経て地球統一政府(United Earth Government)を樹立、またこの過程で"地球軍 UNSC"が大幅に強化された。戦後、人口が爆発的に増加し不穏な情勢にあった人類は2200年代に開発されたショウ・フジカワ超光速エンジン(SFTE"Shaw_Fujikawa Translight Engine")を搭載した恒星間を移動できる宇宙船の開発に着手する。2300年代には太陽系外の惑星に市民とUNSCを乗せた植民船団による大規模な入植を開始、210の植民地を開拓し内周殖民地(Inner Colonies)ができた。2400年代末期までに植民地の数は800以上に増え、人類の生息域はオリオン腕内で広く分布する。この時代は開発のあまり進んでいない外周植民地(Outer Colonies)からの資源に依存する形で内周殖民地が政治経済の中心となった。2525年の外周植民地の植民星ハーベスト(Harvest)での高度な技術力を持つ異種族からなる同盟「コヴナント」との接触はコヴナント側からの攻撃によりそのまま戦争となり、2553年までに人類はほとんどの植民地を失い個体数と生息領域が激減した。

UNSC
地球軍[4](United Nations Space Command) 略称:UNSC はHaloの世界において人類の主要な政府機関[5]であり、国連(United Nations)、植民星統治局(Colonial Administration Authority)および地球統一政府(United Earth Government)を統括し、コヴナントに対する唯一の防衛機関である。UNSCの軍隊は地球防衛軍(UNSC Defense Force)と呼ばれ、通常は惑星の防衛を行っている。UNSCの主力は地球海軍(UNSC Navy)であり、ODST(Orbital Drop Shock Troopers)を含む海兵隊(Marines)、海軍情報局(Office of Naval Intelligence 略称:ONI)、宇宙艦隊などの部門から構成される。コヴナント戦争(Human-Covenant War 2525-2553年)において、コヴナントと人類の圧倒的な技術力の差から敗走を重ね、多くの殖民地を失い、母星である地球にまでその侵略を許した。Halopedia: United Nations Space Commandより

スパルタン計画
ミョルニル・アーマーを装備したスパルタン - ?の兵士スパルタン計画(SPARTAN Program)はUNSCの特殊部隊として身体能力、遺伝子学的、技術的に優れた「超兵士」を作出するための一連のUNSCの計画である。スパルタン計画は第3世代まであり、世代を経るごとに計画の規模は拡大され、より野心的な物になっていった。

スパルタン-I 計画(SPARTAN-I Program)・オリオン計画(ORION Project)として知られる。[6][7]スパルタン-II 計画で行われる遺伝学的強化改造の前身であった。
スパルタン-II 計画(SPARTAN-II Program)・海軍規約45812条(Naval Code 45812)を口実に選抜した人員を非人道的に徴兵し、複数の肉体改造を施した、超兵士計画の成果である。優れた身体能力とミョルニル・アーマー(MJOLNIR Armor)/最先端機甲技術(advanced mechanical technology)とを融合させた最初のシリーズであることが強調される。コヴナントとの戦闘でほぼ壊滅し、現在はマスターチーフのみしか残っていない。[3][8]
スパルタン-III 計画(SPARTAN-III Program)・ジェイムズ・アッカーソン(James Ackerson)の産物。スパルタン-II計画の後継である。ジェイムズ・アッカーソン大佐と海軍情報局(ONI)によって設計された次世代の超兵士である。能力的にはスパルタン-II より劣るが、彼らはより大量に、より訓練しやすく、より安価で、使い捨ての消耗に耐えるよう設計された。テルモピュライの戦いのスパルタ人のように300人ずつの中隊として各作戦に投入された。[9]
スパルタンが礼装に付ける部隊章には"稲妻と矢を持った白頭鷲"などがある。Halopedia: SPARTAN Programより

SPARTAN プロジェクト
キャサリン・エリザベス・ハルシー博士 (Dr. Catherine Elizabeth Halsey)
UNSC海軍情報部(Office of Naval Intelligence、通称ONI)の顧問を務める生物学者、医者、コンピュータシステムの専門家である。SPARTAN-IIプロジェクトの提唱者。ミョルニル・アーマー(MJOLNIR Armor)や人工知能コルタナの開発者でもある。

コヴナント
コヴナント (Covenant)は、フォアランナーを崇拝するさまざまな種族の異星人から構成される軍事的・宗教的連合である。

コヴナント社会は、プロフェット族とエリート族の代表者によって構成される高等評議会、ならびに大祭司と呼ばれる最高位のプロフェット3人によって統治されている。

構成種族
コヴナント社会における階級制度の序列順に構成種族を記す。また、各種族内にも階級が存在している。

プロフェット族 (Prophets)
プロフェット族は最上位の階級に位置し、コヴナントにおける政治的・宗教的指導者層を務める種族である。プロフェット族の中でも真実・慈悲・悔恨の三預言者は大祭司(Hierarchs)と呼ばれ、最高位の存在となっている。
ブルート族 (Brutes)
ブルート族は最も新しくコヴナントに組み込まれた種族である。コヴナント語でジラルハネイ(Jiralhanae)と呼ばれる。
軍事面におけるブルート族の序列はエリート族と同位であるが、悔恨の預言者の護衛に失敗したエリート族に代わり、プロフェット族の護衛の任に就いた。
エリート族 (Elites)
エリート族は、プロフェット族とともにコヴナントを構成する最古の種族の1つである。コヴナント語でサンヘイリ(Sangheili)と呼ばれる。高等評議会を構成する種族でもあり、プロフェット族との誓約以来、エリート族はコヴナントの軍事力の中心であるとともにプロフェット族の護衛の任を任されてきた。しかしながら、Halo 2において、悔恨の預言者の護衛に失敗したことを理由に護衛の任をはじめ、これまでエリート族が担ってきた多くの役割をブルート族に奪われることになる。これに反発したエリート族は、事態の是正を高等評議会に訴えるが聞き入れられず、逆にプロフェット族の命を受けたブルート族によってエリート族の評議員が全員暗殺されてしまう。この事態を受け、エリート族はハンター族とグラント族を率いて内乱を起こす。こうした状況の中、エリート族はHALOの真の機能、「大いなる旅」の真の意味を知りコヴナントを離脱、残るコヴナント及びフラッドの脅威に対抗するため、Halo 3ではこれまで敵対してきた人類と一時的に手を結ぶことになる。
ハンター族 (Hunters)
ハンター族は、他の種族とは異なり独自の宗教を持つコヴナントの種族である。コヴナント語でレクゴロ(Lekgolo)と呼ばれる。ワーム状の生物が装甲の中に複数集まり、有機的に結合することにより1体を形作っている。実力を認めたエリート族を除いて、プロフェット族を含むその他のコヴナントの種族とは交流を持たない。
ドローン族 (Drones)
ドローン族は、飛行能力を持った昆虫型の種族である。コヴナント語でヤンミー(Yanme'e)と呼ばれる。ドローン族のコヴナント社会における序列は不明である。
ジャッカル族 (Jackals)
ジャッカル族は、他の種族と比較してプロフェット族への宗教的忠誠心が薄いため、低い序列に位置している種族である。コヴナント語でキグ・ヤー(Kig-yar)と呼ばれる。
優れた視覚・聴覚・嗅覚を有しており、偵察兵やスナイパーの役割を担っている。それ故、人類と最初に接触したコヴナントとなった。
グラント族 (Grunts)
グラント族は、最下層に位置する種族である。コヴナント語でアンゴイ(Unggoy)と呼ばれる。

アービター
アービター(Arbiter)とは、コヴナント社会が重大な危機に直面した際に任命される、大祭司直属のエリート族の兵士及びその地位のことである。政治的・軍事的な地位は高等評議員よりも低いものの、宗教的にもっとも高い地位である。社会の危機に対し命を懸けて危険な任務に当たる(実際、これまでに存在したアービターの多くが、その任務中に命を落としている)アービターは、コヴナント社会において尊敬・崇拝の対象となっている。

大いなる旅
大いなる旅(Great Journey)とは、コヴナントの信仰における中心的概念の1つである。その信仰では、HALOを起動させることによって「大いなる旅」に旅立つことが出来、それにより救済されると信じられている。

フォアランナー
定かではないが、フォアランナー(Forerunner)というのは恐らく人類、もしくは地球の生命の古代種、先祖と考えるのが一番よいかもしれない。「HALO3」でHALOを起動する前にモニターと戦闘の場面があるが、戦闘の前に「あなたがフォアランナーなのです」とマスターチーフに言ったことから、人類全体を指していることと思われる。 HALOを遠隔操作するための鍵が地球にあったのは人類の祖先、フォアランナーが地球の生命であったため、地球に作ったと考えてもおかしくはない。 また、フォアランナーには、リクレイマーという兵士がおり、レベル1?12に分かれている。モニターはマスターチーフの戦闘能力についてレベル2と指摘し、フラッドとの戦闘にはレベル12の戦闘能力持つ兵士が有効と説明し、チーフはその際フォアランナーの戦闘能力が6倍であることに驚愕している。バトルスキンなる装甲服を着用した存在も、フォアランナー文明にはいたようである。これがフォアランナーと同一の種族かどうかは定かではない。付属冊子による記録によればマスターチーフ=リクレイマーを人類と同一種であるとしながらも、その母星を地球ではなく衛星エヒレンドを持つEpsilon Eridani,IIとしているのはマスターチーフの出生地のためである。

HALOはフラッドの研究及び保存を目的としてフォアランナーにより建造された七つの巨大な環状建造物である。また、フラッドの拡散を防止するために、フラッドの宿主となりうる全ての知的生命体を絶滅させる最終兵器でもある。詳しい構造は分かっていないが、3ヶ所にある「パルスジェネレータ」からパルスを照射し、知的生命体を全滅させる。その照射範囲は膨大で、コルタナでさえも「計算できそうにないわ」と言うほど。HALOの監視・維持管理のためにフォアランナーにより作られたモニターによって各ヘイローは管理されており、ギルティ・スパーク、ペネント・タンジェントはそれぞれHALO04、HALO05のモニターである。

フラッド
フラッド(Flood)は知的生命体に寄生する生物である。 起源は不明だが、少なくとも15万年前にはその存在が確認されており、古の時代から銀河系全体の脅威とされてきた。 カルシウム、その他栄養分がある生命ならどのようなものでも寄生可能。

グレイブマインド
グレイブマインド(Gravemind)はフラッドの最終形態であり、フラッドの有機的組織体がある一定の臨界質量に到達したとき、自らをグレイブマインドと呼ぶ知性の集合体が発生する。グレイブマインドの究極の目的は、銀河に存在する全ての知的生命体を吸収することである。

周辺の展開

CD
Martin O'Donnell and Michael Salvatori, Halo Original Soundtrack,2002
Martin O'Donnell and Michael Salvatori, Halo 2 Original Soundtrack Volume One, 2004
Martin O'Donnell and Michael Salvatori, Halo 2 Original Soundtrack Volume Two, 2006
Martin O'Donnell and Michael Salvatori, Halo 3 Original Soundtrack,2008

書籍

小説
Eric Nylund, Halo: The Fall of Reach, Del Rey Books, 2001
William C. Dietz, Halo: The Flood, Del Rey Books, 2003
Eric Nylund, Halo: First Strike, Del Rey Books, 2003
Eric Nylund, Halo: Ghost of Onyx, Del Rey Books, 2006
Joseph Staten, Halo: Contact Harvest, Tor Books, 2007
Tobias S. Buckell, Halo: The Cole Protocol, Tor Books, 2008

コミック
Lee Hammock et al., Halo Graphic Novel, Marvel Comics, 2006
Brian Michael Bendis, Halo: Uprising 1, Marvel Comics, 2007
Brian Michael Bendis, Halo: Uprising 2, Marvel Comics, 2007

コンセプトアート集
Eric S. Trautmann, The Art of Halo, Del Rey Books, 2004

映画
ピーター・ジャクソンを製作総指揮に迎え映画化の計画が進展していたものの、予算・監督人事・利益配分などの要因により配給会社とマイクロソフト、ピーター・ジャクソンとの間で交渉が難航し現在凍結中である。シリーズ最新作のリリースを控え、凍結解除の噂があるものの依然として先行きは不明である。

その他
2003年よりバンジースタジオの協力のもと、ジョイライドスタジオ社が本シリーズのアクションフィギュアを製作している。

細かい知識
バンジーソフトウェアプロダクツ(後のバンジースタジオ)が過去に発売したファーストパーソン・シューティングゲームシリーズMarathonとの間に共通点・関連性が見つけられる。

Marathonのシンボルマークである二重円が作中に登場する。タイトルロゴの後ろに薄く表示されているほか、シリーズ第一作に登場するジェイコブ・キース艦長の上着やパイプにも刺繍・刻印されている。
コルタナとデュランダル。Marathonにはデュランダルという名の人工知能が登場するが、フランスの神話・伝承において「デュランダル」とはフランス「コルタナ」地方の英雄ローランが愛用した名剣の名である。また、「デュランダル」と同一の鉄を用い同一の方法を以って鍛えられたと言われる英雄オジエの持つ剣の名が「コルタナ」である。
ミョルニル・アーマー Marathonの主人公もHaloの主人公と同じくミョルニル・アーマーを装備している。ただし、HaloのものがMK.?とMK.?であるのに対し、MarathonのものはMk.?である。
しかしながら、HaloとMarathon両シリーズの間に直接的な関係はない。

環状惑星はラリー・ニーヴンの『リングワールド』が有名。太陽からの輻射エネルギーをより広い面積で受け、使用可能表面積を増やすための目的の環状惑星は「ダイソン環」と呼ばれるが、ヘイローの環状惑星は中心に恒星がない点で別のものである。

2009年02月03日

石田氏(いしだし)は近江国の土豪である

石田氏(いしだし)は近江国の土豪である。安土桃山時代に石田三成は豊臣秀吉の政権下で五奉行を務める。
シャンツェ こせん スーフィ フォーミュ 枯葉の輪舞 ペーンイウ ハヤシライ テラー ミズナラ コード ナウル コメン すぎな 全国情報 黒皮かぼち バイオス 黄金魂 フィーン ハング 明日へ ダッカ がんばれ ダッキ ダーティ 首飾り ヌメア オンシー オーオー シンク フライシト ボヨール アングル モサド フローリス カーフス ハラン フラット りーすりん マテリア 八千代 えびす ストーン シイ人気 ゆうすい ジェション 優しい雨 ソフト ブロック アルジェ ウジュン

北面の武士であった下毛野氏の一族、あるいは京極氏に属する荘園の代官であった土豪など、出自には諸説ある。石田正継の子であった三成は、秀吉に才能を見出されて家臣となる。秀吉の天下統一後は、近江佐和山に19万石の所領を与えられる。三成は経理や事務の才に優れ、豊臣政権では五奉行の1人に昇るが、加藤清正や福島正則ら武断派と対立する。秀吉没後の1600年(慶長5)に、三成は五大老の徳川家康に対して挙兵し、毛利輝元や宇喜多秀家を擁立して西軍を率いて戦うが敗北し、処刑される(関ヶ原の戦い)。この時、父の正継や兄の正澄は佐和山城を守備するが、東軍の追討を受けて落城し、正継、正澄、三成の妻の父宇多頼忠、その子頼重らが自害した。

三成には三男三女あるいは二男五女の子がいたとされ、関ヶ原の戦い後長男の重家は助命され出家、次男の重成は津軽氏に匿われ子孫は杉山氏を名乗って津軽家臣として存続する。娘の辰姫は弘前藩2代藩主津軽信枚に嫁ぎ子の信義は3代藩主、津軽本家と分家間の婿養子・養嗣子を踏まえると本家10代藩主まで・津軽分家黒石領4代当主から7代当主が辰姫の血を引く。また娘の某が蒲生家臣の岡重政に嫁ぎその孫娘お振(自証院)が江戸幕府3代将軍徳川家光の側室となって千代姫を出産、尾張徳川家に嫁いだ千代姫の血が尾張藩3代藩主から7代藩主まで続いているという説がある。

この他に何人かの庶子もおり、三成の子孫は東北地方を中心に各地に続いている。

その他の石田氏
石田の氏姓は全国に散見され(「イワタ」と読む例もある)、多く地名に基づいている。地名は地質が石のように固い田の意で、岩田に同意。「石」は石高の石とする説もある。石田姓は古く皇別に例があり、垂仁天皇の皇子・五十日足彦命の子孫が山城国久世郡石田に住んで(佐渡国雑太郡石田郷とする説もある)、石田君を称したのが始まりとされる。時代は下って、相模国大住郡石田郷からは、桓武平氏三浦氏流の石田氏が出た。三浦義継の孫為綱が石田氏を名乗り、その甥・石田次郎為久は木曽義仲を討ち取ったことで知られている。武蔵国多摩郡石田村からは、小野姓横山党の石田氏が出ている。この系統は三浦氏流と同じように、武蔵から相模に分布している。岩代国伊達郡石田村からは、藤原姓伊達氏流。朝宗4男の為家が石田を称し、伊達藩の重臣として仕えている。

家紋
代表家紋は、並び矢。石田三成は「大一大万大吉」という縁起のいい字を並べた家紋を、創設している。他に、沢瀉・柏・三つ目など。

三成系石田氏系図
 ┃
清心
 ┃
正継
 ┣━━━┓
正澄  三成
 ┃   ┣━━━┳━━━┓
朝成  重家  重成  辰姫 = 津軽信枚(弘前藩2代藩主)
        

現代に活躍する石田氏
現代において石田姓で活躍する著名人としては、

石田彰(声優)
石田明(タレント)
石田英一郎(文化人類学者・元東京大学教授・日本学士院会員)
石田えり(女優)
石田五郎(天文学者)
石田純一(俳優)
石田太郎(俳優)
石田千尋(石田流陰陽道開祖)
石田靖(芸人)
石田衣良(小説家・第129回直木賞受賞)=「石平」という姓をペンネームとしている
石田博英(政治家)
石田波郷(俳人)
石田ひかり(女優)
石田未来(女優)
石田浩子(アナウンサー)
石田瑞麿(仏教学者・元東海大学教授)
石田尚豊(東京国立博物館名誉館員・元青山学院大学教授)
石田保昭(インド学者)
石田英明(ヒンディー語学者)
石田ゆり子(女優)
いしだ壱成(俳優)= 旧姓「石田」から取った芸名
など数多くの著名人がいる。

2009年01月20日

ホセ・フェリシアーノ(José Feliciano 1945年9月10日 - )

ホセ・フェリシアーノ(José Feliciano 1945年9月10日 - )はプエルトリコ出身の歌手、ギタリスト。

1966年デビュー。緑内障のため生後まもなく失明したが、盲目のハンディキャップを乗り越え『Rain』をはじめとした世界的なヒット曲を多く手がけた。

『Feliz Navidad』(フェリス・ナヴィダ、スペイン語で「メリークリスマス」の意)は米国およびスペイン語圏でもっともよく聴かれるクリスマス・ソングのひとつとなっている。

ディスコグラフィ
ドール ワーカー イエロー コヒル ナツメグ トリックス パントリ スプーン パハク ツイン イートイ しゃみ プリズム リンゴ ストロベ チュー オムライス 冒険家 サイメッ チュートリ チョン フェニ キャン ファンブル フィス サザン ビエラ デパー 木綿のハン コイズ ラウンド ジンコール パフス マザー オシレー にっけ ベンチ こかげ チョッキ 日本全国 ユニタ タグカード オプテ ユトレ アドイン フリゲート 極楽トンボ トルリン ワスレナ フェミ

英語版アルバム
A Bag Full of Soul(1966年)
Feliciano!(1968年)
Souled(1968年)
Feliciano! - 10 to 23 -(1969年)
alive alive-O!(1969年)
Fireworks(1970年)
Feliz Navidad(1970年)
Encore!(1971年)
Ché Sarà(1971年)
That the Spirit Needs(1971年)
Sings(1972年)
Memphis Menu(1972年)
Compartments(1973年)
For My Love, Mother Music(1974年)
And The Feeling's Good(1974年)
Just Wanna Rock and Roll(1975年)
Angela(1976年)
Sweet Soul Music(1977年)
Jose Feliciano(1981年)
Romance In The Night(1983年)
I'm Never Gonna Change(1989年)
Steppin' Out(1990年)
Present Tense(1996年)
On Second Thought(1996年)
Six-String Lady (the instrumental album)(2006年)
Soundtrax of My Life(2007年)

スペイン語アルバム
1966年 El Sentimiento La Voz y la Guitarra
1966年 La Copa Rota
1967年 Sombra
1967年 ¡El Fantástico!
1967年 Mas Éxitos de José
1968年 Felicidades Con Lo Mejor de José Feliciano
1968年 Sin Luz
1971年 En Mi Soledad - No Llores
1971年 José Feliciano Dos Cruces
1971年 José Feliciano January 71
1971年 José Feliciano Canta Otra
1982年 Escenas de Amor
1983年 Me Enamoré
1984年 Como Tú Quieres
1985年 Ya Soy Tuyo
1986年 Te Amaré
1987年 Tu Inmenso Amor
1990年 Niña
1992年 Latin Street '92
1996年 Americano
1998年 Señor Bolero
2001年 Señor Bolero 2
2003年 Guitarra Mía Tribute
2005年 A México, Con Amor
2006年 Jose Feliciano y amigos
2007年 Señor Bachata